初体験日記忘れもしない初体験・・・ それは、ちょうど今頃の季節で、梅雨の明けた時期であった。 10代の学生だった頃・・・ その前年の4月、 近所に新婚夫婦が引っ越してきた。 横浜の出身らしいその奥さんは、 近所でも評判の洗練された都会派美人であった。 私は、その新婚夫婦の家の前を通り、 彼女の姿を見かける度に、優しい言葉をかけてくれる度に、 子供心に、胸の高鳴りを感じていた。 彼女を見かけた日は、夢を描いた。 二人きりで、素敵な時を過ごす事を・・・ 年上の女性に憧れる年頃であった。 罪悪感を感じながらも、何度も夢を描いた。 そして、夢が現実化してしまう。 プロローグは、突然やってきたのだ。 その日、学校から帰る時、 私は彼女に突然呼び止められた。 「よっちゃん(私の名前)クッキー焼いたから、食べてかない?」 後で振り返ってみれば、 出張が多い旦那さん。そして、専業主婦の彼女。 引っ越して間もない頃であったので、 退屈しのぎで私を誘ったのだろうと思う。 そして、彼女の家の中に初めて入る事になる。 クッキーと紅茶と ステレオから流れるジャズの演奏。 そして、ソファーの隣に座る彼女。 ひまわりをプリントしたシャツのふくらみに、 今まで生きてきた中で、全く経験したことの無い、胸の鼓動を感じた。 帰り際に、天使がささやいた。 「よっちゃん、明日はケーキを作るから、またおいで」 私は天にも昇る気分だった。 +++++++++++++++++++++++ 「よっちゃん、明日はケーキを作るから・・・」 その言葉から、 彼女の家に行く習慣が始まった。 そして、私たちはいろんな話をした。 学校の事、夫婦の事、恋愛の事・・・ 学生としてでなく、一人の男として 会話をしてくれた事が、何よりも嬉しかった。 頻繁に出入りする私の姿を見て、 親や近所の人が、私たちの行動を少し心配し始めた。 私達は、そんな事も意に介さぬまま、会い続けた。 そして約一ヵ月後、あの日を迎える事になる。 梅雨が明ける直前の夕方であった。 それは、土砂降りの雨の所為だったかもしれない。 いつもの様に玄関から、 5メートル程ある門扉まで迎えてくれた。 手に持つ傘は全く役に立たずに、 2人共ずぶ濡れになった・・・ お互いの姿に、二人は顔を見合わせ笑った。 私はバスタオルと、旦那さんの洋服を借りた。 そして、 開けっ放しになっている隣の部屋で、 彼女は着替え始める。 レースのカーテンから洩れる光を浴びた、 柔らかな曲線が、私のまぶたに焼き付いてしまった。 +++++++++++++++++++++++ 開け放たれた扉の、向こう側での着替え。 彼女は、私を誘っているのだろうか・・・ そんな事をあれこれ考えている内に、 着替えを終えた彼女は、ソファに腰を下ろした。 締め切った部屋の中まで、 聞こえるくらいの雨の音がまだ続いている。 心なしか、憂いを含んだ表情で、 彼女はポツリつぶやいた。 「旦那さんがね・・・」 「お前は下手だから、したくないって言うの・・・」 「えっ・・・」 私は、憤りを感じた。こんな素敵な奥さんと、 一緒にいるだけで幸せなのに・・・ 「よっちゃん・・・」 「はいっ!」 「相手・・・してくれる?」 彼女の要望に応えてあげる事が、男の使命ではないか・・・ 都合のよい解釈をした私は、 ついに、彼女に挑むことを決意した。 +++++++++++++++++++++++ 初めての私に対し、彼女は完璧なまでのリードを繰り返す。 そして、彼女のしなやかに動く白く細い指先が、 私の領域へと容赦なく進んでいった。 先ほどの、つぶやきとは打って変わった、 別人のような声も、 雨の音にかき消されて、二人の世界を作っていった。 彼女は私にとって、 旦那さんの評価する〔下手な女房〕では全く無かった。 そして、 初めての経験は、終わった・・・ +++++++++++++++++++++++ 私は満足感と、敗北感を同時に感じた。 男として、旦那にも負けているという悔しさが残った。 もう一度と、誘いをかけたが、彼女は首を横に振った。 今日は久し振りに、旦那さんが早く帰ってくるらしい。 帰り際に、彼女が渡してくれた物、 それは、旦那さんが買ったというハウツー本であった・・・ +++++++++++++++++++++++ その後、幾度か経験をさせてもらった。 しかし突然、彼女がよそよそしくなる時が訪れ、 それをきっかけに、私は彼女の家からは遠ざかっていった。 あの時借りた本は、まだ返していなかった。 いや、返さなかったと言った方が妥当かもしれない。 この本を返すと、彼女との付き合いが、 終わりになってしまう気がしたから。 数ヵ月後、おなかの膨らんだ彼女を見る。 ショックだった。いろんな妄想が頭をめぐらせた。 そして彼女は、女の子を産んだ。 +++++++++++++++++++++++ しばらくして彼女は、我が家に出産の報告に来た。 うちの母は、嬉しそうに赤ちゃんを抱いていた。 とても、複雑に感じた。 いたずらっぽい目で、彼女は私に耳打ちした。 「よっちゃん、旨くなった?将棋。」 ○○名人監修 〔初めての将棋〕 私は借りていた本を、甘酸っぱい恋心と共に、 彼女に返した。 将棋初体験日記・・・ でした。 |